2021/12/16 23:57

2294年某日。人が行き交う都心の大通りで、灰色の雲が二手に分かれた空の下をとぼとぼと歩きながら、わたしは歯茎に広がる鈍痛を我慢していました。

「気をつけろ」


肩がぶつかり顔を見上げると、その人はもうそこにいません。わたしはかなりぼーっとしている性格なので、他人にぶつかることもしばしば。先日などクラスメートは、「体内端末の電源が切れているのか」と侮蔑的な仕草を見せながらわたしに悪口を言ってきたのです。

「食糧が足りない!」
「プロテインはもうたくさん!」
「クワガタ食べたら歯に詰まる!」

群衆の声が聞こえてきたのは、そんな嫌な記憶を反芻しているときでした。その群衆は、食糧危機により動物性タンパクを庶民が一切得られなくなった現状に対して抗議活動をしているようです。活動家の中には、宇宙難民と呼ばれるドッペルゲンガー星から流入してきた外部生命体の種族が多くいました。彼らの存在はわたしたちのような世代にとっては当たり前ですが、実はもともと地球外からやってきたのだと歴史の授業で習いました。旧日本と呼ばれる国に存在していた大企業のヘゲモンが、月世界旅行から知らぬ間に連れ帰ったことがきっかけだったそうです。

今朝は朝ごはんにクワガタを食べましたが、わたしの歯の痛みも、この世の中がもたらしたものなのかもしれません。クワガタが歯にはさまったら痛い。明日歯医者に行こうと思います。


文・まち子(医療事務)